このページの最終更新:10th Dec 1998

クラリネット史概論

クラリネットの祖先

クラリネットの直接の祖先は、シャリュモーという葦笛(あしぶえ)でした。 実際には、シャリュモーと一口にいっても、いくつか似たような仲間があったようです。
形は、クラリネットよりもリコーダーにかなり近く、大きさも今のクラリネットの半分くらいで、 特にキイも付いていませんでした。口にくわえる方にリードが付いていたのは クラリネットと一緒ですが、リードは観客の方を向いていたといいます。 また、リード自身を楽器に作りつけてしまったものも多かったようです。

シャリュモーは、リードが管の端でふたをするような形で付いているので、 管の中にできる音波の波長が長くなり、同じサイズのリコーダーよりオクターブ低い音が出ました。
また、レジスタキイに相当するキイもなかったので、音域はさほど広くなかったと思われます。

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レジスタキイの発見

1690年、ニュルンベルクの楽器製作者J.C.デンナーが、シャリュモーの管体の上の部分に 小さな穴を開ける事で、今までの音域よりも高い音が出る、すなわち倍音が出るということをことを 発見しました。
そのままでは、音が高すぎて実用的でなかったのでしょう、管の長さを今までのシャリュモーのおよそ倍にして、 この穴を操作するキイのついた、いわばクラリネットの原型に当たる楽器を作りだしました。

このレジスタキイは、人の指の届かないところに穴を開けたため、てこの原理で遠くの穴をふさぐような 仕組みとしたものです。この結果、音域は飛躍的に広がり、表現の範囲も広がったといえます。
この楽器には、レジスタキイの他にもう一つ、今のGキイに当たるキイもあり、 全体で8個の指穴と2個のキイが付いていました。
ところが、このレジスタキイを使ったところ、途中の音(今の楽器で言う五線譜の真ん中のA)が 抜けてしまいました。この音は、一つ下の音を口を締めて無理矢理出していたようです。

クラリネットという名前は、当時あった小トランペット「クラリーノ」と中高音部の響きが よく似ていたから付いたというのが通説になっています。この名前は、中音域の 「クラリオン音域」という名前に残っています。

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音程の改良とミューラー

デンナーの発見の後、まず無理に出していたA音を出せるようにするために 管が延ばされ、またいくつかのキイが加えられて5鍵のクラリネットが登場しました。 この楽器は、低音域よりも中高音域の方がよい響きを持っていたようです。
さらに1700年後半には、右手人差し指で操作するトリルキイなどが登場し、 現在のドイツ式システムにかなり近い形態になってきました。
しかし、それらはそれぞれ独自に行われたので、だんだん運指が複雑になる 要因にもなりました。また、複雑な構造のキイを作ることができなかったので、 穴の位置に無理があるものが多くあり、音程も不安定なものでした。

1812年、I.ミューラーが、どんな調でも吹ける13鍵のクラリネットを作りました。 この13鍵クラリネットは、音程や運指の面では若干不満があったものの、 現在のクラリネット、特にドイツ式クラリネットのベースとなったといえます。
また彼は、糸でリードを留めていたのを金属のリガチャーに変えたり、リードの断面形状を改良したり、 リードを上向きにするのが一般的だった時代に今のスタイルを提唱したり、 現在のクラリネットのスタイルの面での原形を作り上げたといっても過言ではありません。

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ベーム式クラリネットの完成

1843年、H.クローゼは、その少し前に登場したベーム式フルートの メカニズムをクラリネットに応用し、リングキイや、替え指キイをつけることで、 運指をすっきりしたものに整理し、小指を滑らす必要性をなくし、 また見た目も上品なクラリネットを作り上げたのです。
このベーム式クラリネットは、複雑な位置に穴があいているにもかかわらず、 リングキイや、互いに連携したキイシステムを構成することで、単純でわかりやすい 運指を実現すると同時に、それまでの楽器に比べて飛躍的な音程の改善を実現したのです。
現在では、日本を含め世界中のほとんど(ドイツ・東欧以外)でこの「ベーム式クラリネット」が 採用されています。
ちなみに、ドイツを中心に使われているクラリネットは「エーラー式クラリネット」といい、 見た目も運指もだいぶ異なります。キイの構造も根本的に違うのですが、ベーム式クラリネットの いい部分を積極的に取り入れた改良がなされています。

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