このページの最終更新:11th Nov 1998

奏者の心理と演奏

音楽の表情

音楽には、喜怒哀楽をはじめとする、様々な表情があります。これは 他の芸術でも同じだといえますが、音楽の場合は特に、その表情の付け方ひとつで 音楽そのものが大きく変わってしまうことも珍しくありません。
音楽に表情を与える要因はいくつかありますが、そのなかでも重要なのは、 奏者の精神状態、あるいは奏者が持つ感情であると考えられます。このことは 特に管楽器に顕著にみられるように思われるのですが、ここでは奏者の精神状態や 感情が、どのようにして音楽に転移するのかを考えてみることにしましょう。

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奏者の感情と演奏の関係

まず、奏者の気持ちが体にどのような影響を及ぼすか考えてみましょう。
人間の感情が一番表に出やすいのは、なんと言っても表情です。特に 「目は口ほどにものを言う」というように、目の周りの変化は顕著です。 目に限らず、人間の表情は主に顔面にある表情筋で形づくられます。表情筋は、 我々クラリネット奏者にとっても重要な筋肉の一つです。それは、口の 両脇の部分を支えるからです。長い時間練習すると口の周りがだるく なってきますが、これは表情筋が疲労するからなのです。
表情筋を使うのは、息が漏れないようにすることはもちろんですが、実はリードの 振動を調節することも重要な目的なのです。もちろんほとんどの場合、 それを意識してしているわけではないのですが、余計な振動を殺して、ほしい 響きを強めるような状態を作り出しているはずなのです。それを実現するのが、 表情筋なのです。

一方、感情は呼吸にも如実に表れます。たとえば、電話をかけたときのことを 想像してみて下さい。電話口では、テレビ電話でない限り相手の表情は わかりません。にもかかわらず、相手の声の様子から相手の感情がある程度 想像できます。もちろん、相手が無理に声を作っていなければの話ですが。
これは、呼吸あるいは話し方に、人間の感情が影響を受けていることが 原因です。感情が無意識のうちに喉や横隔膜の動きに、微妙に影響を与えて いるのではないかと思われます。

このほかにもいくつかありますが、特にこの二つはクラリネット奏者にとって 重要です。というのも、口の形はアンブシュアに影響するし、息の流れは ブレスやフレージングに影響するからです。もちろん、感情による影響が、 楽器を通すと180度変わってしまう可能性もあるのですが、 実際にはそうではありません。というのは、クラリネットの発声原理が、人間のそれと 非常によく似ているからなのです。
人間は、声を出すとき声帯を使いますが、別に筋肉で声帯を震えさせている わけではありません。もしそうなら、息を吐きながらしゃべる必要はないのですから。
実際には、息を吐き出すことで声帯を震えさせ、口とその中の形を変化させて 必要な振動数の音波を強めているのです。また、声の高低は、声帯を締めるか どうかで決まってきます。極度の緊張で声がひっくり返ったりするのは、 緊張のせいで無意識に声帯を必要以上に締めてしまうからなのです。

さて、この息の流れで声帯を震えさせるというのは、クラリネットのリードを 息で振動させるのと理論的には一緒です。また、口の形や大きさを 変えるのは、トーンホールを開いたりふさいだりするのと対応します。このように、 人間の発声原理とクラリネットのそれは、非常に似通った点が多々あるのです。 だから、感情による演奏への影響は、声に対するそれと非常に似たもので、 しかも他の管楽器より顕著に現れるのでしょう。

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演奏に生かすには

ここまで検討しておいて、それを演奏に生かさない手はありません。ということで、 上のような事実をどう演奏に役立てればいいかを考えてみましょう。
一番大事なのは、自分の心理状態をその曲に一番あった状態に持って いくことでしょう。その曲が楽しい曲なのか、悲しい曲なのか、あるいは 気分が高揚する曲なのか・・・といったことを分析し、自分自身がその気持ちを もてるようにすることが一番手っ取り早いとおもいます。
つまり、いかにしてその曲の世界にのめり込むかということが、表情を自然に つけるための第一歩なのではないかということです。もちろんそれだけでは 不十分でしょうから、曲の作られた時代背景だとか、音楽に隠された物語を 探し出していかなくてはなりません。そういう作業をすることで、より一層 その曲の世界に入っていくことができると思います。

ということは、たとえ気分がすぐれていなくても、少なくとも本番中は それを表に出してしまってはいけないことになります。すなわち、奏者は たとえ嘘であっても曲にあった心理状態になったふりをしなくてはならないのです。
こう書くと、厳しいことのように思うかもしれませんが、役者や俳優は常に そういうことをやっているのです。我々楽器奏者も、舞台に立った以上は 役者や俳優と一緒です。曲にあった役を演じることができてはじめて 音楽に深さが加わってくるのではないでしょうか。

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