このページの最終更新:24th Feb 2002

音名に惑わされないために

音名に影響されていませんか?

楽譜 まずは、左の譜例(1)を見てください。何の変哲もない音階です。ただし、歌詞が ついています。では、このフレーズを、歌詞を実際に声に出して歌ってみてください。 何の問題もなく歌えるのではないかと思います。
次に、その下にある譜例(2)を見てください。音符は先ほどとまったく同じですが、 歌詞が少し違います。このフレーズをちゃんと声に出して歌って みてください。先ほどと比べてみてどうですか?
譜例(2)は、歌詞を音名の出てくる順番と逆の順番に配置しただけですが、(1)の 時と違って、音が歌詞に引きずられたり、歌詞が音と同じになってしまったり、 リズムがぎこちなくなってしまったりするのではないかと思います。

このことが何を意味するのか、少し考えてみましょう。
私たちは多くの場合、楽譜の記号をいったん音名に置き換えてから、実際に自分の 発すべき音の高さを当てはめているのです。ですから、置き換えたあとの音名を 惑わせるような歌詞で歌おうとすると、発すべき音の高さの音名と、歌うべき歌詞が 混ざってしまって、上手く歌えなくなるのです。
とはいえ、すべての人が音名に置き換えながら発音しているわけではありません。 また、たいていの場合、何度か練習すれば譜例(2)のようなフレーズでも、違和感なく 歌うことが可能になります。ですから実際には、音名に置き換えると理解しやすいので、 無意識にそうなっているだけの話のようです。

このページのはじめへ戻る

「ドレミ…」の読みが及ぼす影響

では、音名で音を考えることに、何か問題があるのでしょうか。
現代のクラリネットは非常によくできていますから、くせの出やすいいくつかの 音を除けば、それぞれの音のピッチはかなり正確にでるようにできています。 とはいえ、ピアノのように各音を完璧にチューニングすることはできませんから、 いくらかのずれを持っています。また、楽器の構え方や息の入れ方などによって、 ピッチは微妙に変化します。演奏中の、複数の楽器のアンサンブルを考えたとき、 これらのずれを調整しながらより美しいハーモニーを奏でるのですが、このずれを 調整するためには、なんらかの基準が必要です。チューナーなどがない 演奏中において、基準となるのはお互いの楽器の音と、奏者が持っている音に対する 感覚です。ここでいう感覚とは、先ほどの譜例(1)を無伴奏で歌った時に、それぞれの 音が歌える、という程度のものです。

楽譜 さて、ここで譜例(3)を見てください。またも簡単な音階です。ただ、今回は調号が ついています。この音階を「ラララ〜」で歌うとき、あなたの頭の中ではこの楽譜が どのように変換されていますか?
よくあるのは、楽譜の音をそのまま読み替えて「ミ♭ファソラ♭シ♭ドレミ」と読む方法です。 いちいち「ミ♭」と読んでいるとテンポから遅れるので、簡略的に「ミファソラシドレミ」 と読みつつ、フラットのついた音は半音下げる、という方法もあります。この方法で歌っても、 一見問題はなさそうに思えます。

ところが、人間は無意識に「ドレミファソラシド」と歌うと、ほとんどの場合には純正律か それに近い音階で歌っているのです。そして、その音の高さと音の名前が対応している 場合が多いので、「ミファソラシドレミ」と歌った場合と、ミの音をドと読んで(移調して) 「ドレミファソラシド」と歌った場合では、音程のとり方が微妙に変わってしまうのです。
ただ、最近ではピアノや電子楽器で用いられる平均律が普及した影響で、「ドレミ」が平均律に 近くなっている場合が多いそうです。ですから、この現象がはっきり出てしまう場面は、心配するほど 頻繁にはないかもしれません。

このページのはじめへ戻る

普段から気にすべきことは

では、それぞれの調にあわせて移調しながら音を追っていく必要があるのでしょうか。
そんな必要はまったくありませんし、実際問題として、そんなことができるとは 到底思えません。大事なのは、音の感覚が読みに引きずられる可能性が高い、という事実を しっかり認識することです。特にほかの楽器とハーモニーを作る場合、その楽器の調が異なれば、 「ドレミ」が「ファソラ」や「ラシド」になっている、ということを頭に入れておく必要があります。 うまく合わないでお互いの音に違和感をいだくようなとき、原因の一つとして疑ってみる必要が あるでしょう。

また、実際の音楽の中で移調して読むことは無理だとしても、ゆっくりと一つ一つの音を 確かめながら練習するような音階練習のときに、移調して「ドレミ」を意識してみるのも、 練習として必要だと思います。究極的には、どの音階でも聴き手に「ドレミ」として聞こえる ようになるのが理想ですが、そう簡単なことではありません。ただ、バックグラウンドとして このような事実があることを、常に記憶に留めておくべきではないでしょうか。

このページのはじめへ戻る